【外国船の来航にまつわる授業のネタ】
突然ですが、ここで問題です。
18世紀初頭あたりの江戸の人口は、
大体何人位だと思いますか?
次の三つの中から選んで下さい。
①50万人
②100万人
③150万人
・
・
・
(考え中)
・
・
・
はい、いかがでしょうか。
正解は~~、
ジャジャン♪『②100万人』でした🎯
当時のことですから、曖昧な部分は
ありますが、
それでも江戸の人口は100万人を
超えていたと言われています。
これって凄いことです。
もしかすると、江戸が人口世界一位の
都市だった可能性があります。
何を言いたいかというと、
江戸は世界的に有名な都市だったのです。
ですから、江戸の後期になると、
外国船が頻繁にやって来ました。
主な目的は通商です。
ということで、
今回は外交関連にまつわるお話を
出来ればと思います<(_ _)>
〇ラックスマンが大黒屋光太夫を連れて
中学のテストで稀ではありますが、
出題される可能性があるラックスマン。
彼は根室に来航した人物です。
ロシアに漂着した大黒屋光太夫を伴い、
通商要求をしてきました。
大黒屋光太夫は、伊勢の廻船の船頭で、
ロシアの帝都サンクトペテルブルクで
エカチェリーナ2世に謁見し、
日本への帰国を願い出た人物です。
ところが、当然ですが彼はロシア語など
話せるわけがありません。
一体、どうやって帰国を願い出たのか。
どうやら彼は、
故郷の踊りを泣きながら踊ったそうです。
大黒屋光太夫を見た周りのロシア人達は、
彼が何を伝えたいかを理解しました。
当然、女帝エカチェリーナも理解し、
帰国を許可しました。
見事、感情に訴えた訳ですね(^^)
〇逃げる高野長英
蛮社の獄で犠牲となった高野長英。
彼は、幕府が日本人漂流民を乗せた
アメリカ船に砲撃を行ったことを批判し、
捕らえられてしまいました。
高野長英は、有名な鳴滝塾出身の医者で、
シーボルトの教え子です。
彼は脱獄し、自分の顔を整形して逃走。
そして、彼が捕まりそうになった時、
拷問を受けることで仲間の身を危険に
晒すことを恐れ、自決しました。
いかがでしょうか。
どうやら、幕府は高野長英を殺そうとは
思っていなかったようです。
逆に、彼を重用し、優れた頭脳を
取り入れようとしていました。
この時の老中は阿部正弘。
中学で習う人物ではないですが、
開国がすぐそこに迫って来ています。
幕府としても、優れた人物を確保
しておきたかったのでしょう。
最後に、
1825年 異国船打払令
♪1825(嫌に強引)、打払令
では、今回はこの辺で。
このブログを読んで下さる方々に
最大の敬意を込めて。
あなたの生徒が輝く授業を
最大限していきましょう。
ありがとうございました。
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