【弥生時代はバリバリの戦乱よ!!-弥生時代の実態-】
どうも、野本です。
弥生時代の授業ネタ3回目です。
タイトルの内容に入る前に…
〇我々日本は舐められてましたぁぁ…😢
ん!?どういうこと?
良く分かりませんね。
ですが、
もう知っているはずです。
我々日本は中国から「倭」と
呼ばれていたことを…。
この「倭」の意味って知っていますか?
ズバリ!
『小さい人』って意味です。(*´Д`)
卑弥呼や邪馬台国のように、
軽く侮辱的な意味合いがあるんですね。
全ては一説に過ぎないですが、
「漢委奴国王」の「にんべん」は、
日本人が「倭」を嫌がっているから、
中国が取り除いたと言われています。
しかし、この「倭」が「和」となり、
最終的には「大」を付けて「大和」で、
ヤマトと読むようになります。
日本を舐めてもらっちゃ困ります。
まさしく、ナメコマですよっ!!
(舐めてもらっちゃこまるの略)
でも、実際に調べてみると、
縄文時代男性=平均158cm
弥生時代男性=平均164cm
鎌倉時代男性=平均159cm
江戸時代男性=平均155cm
2012年男性=平均171cm
う~ん、思ったより小さいな…。
余談ですが、
時代によって平均身長が違うのは、
食べ物によるところが大きいようです。
今の子供たちって、線が細くてスラッと
してる感が半端ないですよね。
これは、
食生活が洋風化しているからかと…。
あと、大塩平八郎の身長が217cmって
本当でしょうか?(^_^;)
〇弥生時代はバリバリの戦乱よ!!
これは、生徒によってはインパクト
ある話しですね。
指導者側からすれば、なんてことない
内容なのですが。
と言うのも、生徒にとっては、
「原始的時代=平穏」というイメージが
あるようです。
実際には、
稲作が伝えられる
↓
身分の差、貧富の差が生じる
↓
争いが起こる
↓
クニ(国)が誕生
こんな流れですよね。
そして、その象徴となるのが、
テスト頻出
「吉野ケ里遺跡(佐賀県)」です。
弥生時代が戦乱の世の中だった
ということを知らなくても、
テストにはそんなに影響しないかも
知れません。
しかし、指導者としては、
しっかりとした事実を押さえて欲しい
ところですよね。
稲作の伝来から、戦乱の世へと変化する、
この流れはバシッと強調しましょう。
余談ですが、
私:「みなさんの殆どのムラが不作で、
食べ物が無くって、大切な子供たちが
『腹減ったよぉー』って泣いています。」
私:「でも、その中でN君のムラはだけは
豊作で、みんなでパーティーなんかやって
たら、どうする?」
私:「M君、君は父親としてこのままで
良いのかっ!君の大切な子供たちが
泣いているんだぞっ!!」
M君:「とりあえず子供がうるさいんで、殴って黙らせます。」
M君曰く、
「ライオンの天敵はカンガルー」と。
うん、きっと出会ったことすらないね。
ドコの教室にも、アホな生徒はいるもの
ですよね。
中々、面白くて素敵な生徒でした…。
(頑張ってたので、テストで90点位は
とれるようになりましたけどね(^^;))
では、今回はこの辺で。
このブログを読んで下さる方々に
最大の敬意を込めて。
あなたの生徒が輝く授業を
最大限していきましょう。
ありがとうございました。
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