【沖縄県民かく戦へり-昭和時代ネタ】

昭和時代




 

【沖縄県民かく戦へり-昭和時代ネタ】

 

 

どうも、野本です。

先週の日曜ですが、選挙がありました。

 

しかし、いつまで経っても

私に選挙の案内が届きません。

 

「選挙権が無い=国民ではない」

訳ですから、、、

国でもつくってやろうかヽ(`Д´)ノ

ってちょっと思いました。

 

ただ、そこは冷静な私。

どうすれば良いかを役所に聞きました。

 

その結果、投票用紙が無い場合は、

選挙の受付の人に伝えれば

少しの手続きで投票出来るとのこと。

 

実際、5分もかからずに投票できました。

めでたしめでたし(・∀・)

 

さて、今回のお話のメインは沖縄戦。

 

小中学生に対して話すと

そんなに多く語れないかも知れませんが、

日本の歴史を知るには超重要なところ。

 

よろしければお付き合い下さい<(_ _)>

 

 

〇少年少女達の戦い

 

本土決戦の為の準備時間を稼げと、

持久戦を強いられた沖縄戦。

 

当時、中学生くらいの年齢の子まで

戦ったのは有名なお話です。

 

男子は鉄血勤皇隊。

女子はひめゆり隊。

彼らの半数はこの沖縄戦で亡くなります。

 

だが、彼らは自分達の身の危険を顧みず、

小学生の子供達だけは逃がそうと、

対馬丸で脱出させることを試みます。

その際、「対馬丸には子供達だけしか

乗っていない為、撃たないで下さい。」

とアメリカに伝えていました。

 

しかし、結果は無惨なものでした。

中に重要人物がいるかも知れないと、

アメリカ軍によって沈められました。

 

 

〇沖縄県民かく戦へり

 

海軍司令官の大田実(おおたみのる)

が残したこの言葉。

「政府よ、日本が復活した時は、

是非、沖縄の為に何かやってあげて

欲しい。ここまで県民が日本の為に

戦ってくれた。」

 

この意味の電文を送り、

彼は数日後に自決しました。

 

しかし、現実はどうでしょう。

沖縄島の20%近くが米軍基地である、

そんな状況です。

 

あげくの果てには、沖縄は元々中国の

ものだったというような、

謎の運動を起こしている連中もいる始末。

 

1972年に日本に返還されたものの、

それ以前の沖縄は、完全にアメリカの

ものになっていました。

 

ご存知でしょうか。

沖縄県の女性が刃物で数か所刺され、

強姦されそうになった事件を。

 

捕まったアメリカ兵は、

「日本人女性を強姦し殺しても、

罪になるとは思わなかった。」

と言い残し、本国送還を受けています。

 

それ以降、このアメリカ兵が

どうなったのかは全く分かりません。

しかし、これっておかしな話ですよね。

事実上、泣き寝入りしているだけです。

 

全てのアメリカ人がそんな人ではないと

思いますが、

 

盗難や強姦なんて当たり前。

そのアメリカ人のあまりの横暴ぶりに、

沖縄県民達が大暴動を起こしました。

 

 

〇日本を愛しているから

 

アメリカ軍は、沖縄戦を経て、

行こうと思えば九州まで行けたはず。

 

しかし、アメリカ軍は、

沖縄の若者達や老人達までもが戦う、

その姿を見て踏み止まったのです。

 

日本を本気で怒らせると、

ただでは済まないと思ったのですね。

 

しかし、何故、沖縄の人々は

そんなことが出来たのでしょうか。

 

それは、日本を愛しているからに

他なりません。

 

もう一度繰り返しますが、

「沖縄県民かく戦へり。」

 

日本人として命を懸けて戦った。

そして、日本を守り抜いた。

 

ここにも、言葉では表現できない程の

偉大な何かが存在している。

 

次代を受け継いだ一人の日本人として、

そのことを忘れてはいけないと思います。

 

今回は、「沖縄県民かく戦へり」と題し、

沖縄戦に関連する内容をお話しました。

 

では、今回はこの辺で。

 

 

このブログを読んで下さる方々に

最大の敬意を込めて。

あなたの生徒が輝く授業を

最大限していきましょう。

ありがとうございました。